三国因縁地蔵菩薩霊験記を原話として、
文章は瀬戸内寂聴さんによるお話しです。

 

 

 

 

 

 

 

 

お里は飛ぶように香貫の家に帰ってきました。幸い家は流されていませんでした。台所に飛び込んでみると、並べておいた酒のしぼりかすが山のように積み上げてあります。しかもその酒かすの中からぴかぴか光るものがあります。よく見るとみんなお金ではありませんか。瓶の中をのぞくと、どれも空っぽになっています。 いったいこれはどういうことなのか。お里は狐にだまされているような気になって隣の百姓家へ聞きにゆきました。

「おや、お里さん帰ったのかい。え、お金がいっぱいあって酒の瓶は空っぽだって。そりゃ、そうだろうよ。おまえさんのるすの間に、青い帽子をかぶったちいさいきれいな人がきて、おまえさんのかわりにせっせとお酒を売ってたよ。うちも買ったけど、そりゃよくできておいしいお酒だった。またつくっておくれ。あれならとぶように売れるわけさ」

隣の人の話をきいて、お里はいっそう不思議で訳がわからなくなりました。家に帰ってお金を集めてみますと三貫文もありました。 お里は両親の代から信仰していたお地蔵さまにうかがってみようと、仏壇の扉をあけました。するとどうでしょう。仏壇の奥に立っていらっしゃるお地蔵さまの手が酒かすにまぶれているのです。

「お地蔵さま、お地蔵さま。あながわたしのかわりにお酒をしぼって下さって、売って下さったのですね。ありがとうございます。もったいのうございます」

お里はその場にひれ伏して、お土蔵さまを何度も何度も拝みました。お里は村人に借金を返し、両親の法事も無事にすませました。

その後はますますお地蔵さまを信仰しました。お里のお酒はその後も評判になって、つくるかたはしから売れてゆきました。お里のお酒は、お地蔵さまがしぼってくださるのだという評判がたち、村人はもちろん、遠い町からも、お地蔵さまをお参りにくるようになりました。だれというとなく、そのお地蔵さまは『酒かす地蔵』と呼ばれるようになりました。
お里のところへは、とても気だてのいい、やさしい夫がむこに入りました。夫はお酒飲みでなかったので、まちがいをおこさず、夫婦力をあわせて働き、蔵がいくつも建ったということです。