三国因縁地蔵菩薩霊験記を原話として、
文章は瀬戸内寂聴さんによるお話しです。

 

 

 

 

 

 

お酒が今にもできあがろうとしています。いちばん大切な時になりました。 ちょうどその時、たったひとりの叔母が病気で寝こんでいるという話が聞こえてきました。
叔母は沼津に住んでいて、両親の死んだ時きてくれたきり逢っていません。今はもう、血のつながった人といってはその叔母しかありません。お里は心根がやさしいので、年をとった叔母の病気が心配でならなくなりました。 お里は迷いましたが、やっぱり、お酒より、人の命のほうが大切だと思いました。 沼津へ行って一日叔母を見舞ったら、その足で帰ろうと思って出かけました。 お里の顔を見ると、病気の叔母は涙を流してよろこびました。

「おばさん、しっかりしてくださいな。もうわたしにとって大切な人はおばさんひとりなんですからね」

お里が叔母の手をとってしみじみいいますと、叔母はいっそう泣きました。

「そんなやさしいことをいってくれて、罰があたる。わたしは、おまえがみなしごになった時、ひきとりもしないで、捨てておいたのに、こんな薄情者をうらみもしないで、はるばる見舞いにきてくれてありがとうよ」
「おばさん、つまらないことを考えないで元気をだしてくださいな」

そんな話をしているうちに、はげしい雨の音が、屋根を叩きはじめました。 見ると外は真っ暗になって豪雨が降りしきっています。雨はそれから三日三晩降りつづきました。川は水があふれ、川止めになってしまい、お里は家に帰れなくなってしまいました。お里は心の中でお酒のことが気になってたまりません。でもこの雨では家も瓶もみんな押し流されて、あとかたもなくなっているのではないでしょうか。お里が居つづけて看病したおかげで、叔母の病気はすっかりよくなりました。ようやく出水もひき、川止めもとかれました。