著 /益田 實
挿絵/千野慎一郎

夫の竜は、大きなため息をつきました。

「大変なことをしてしまった。帝釈天様になんといっておわびをしたらいいんだ。どうしたらいいんだ。」

雲の下に見える下界は、なにごともなかったかのように、のどかな春の光に包まれています。

「こまった、こまった。よい方法はないものか。」

とつぶやく夫の竜のかたわらでふるえていた妻の竜は、とうとう泣き出してしまいました。

「わたしが悪いんです。わたしが落としたのです。わたしが気をつければこんなことにはならなかったのです。あの池へ下りて玉を探してきます。」

夫の竜はびっくりしました。下界へは下りることができても、また、天にもどることはできないのです。

「とんでもない。それはやめてくれ。おまえが下界へ下りてもどらなかったら、わたしはどうすればよいのだ。」

夫の竜は、妻の竜のかたに手をおいて、やさしくなだめ、きっぱりと引き止めました。しかし、妻の竜は、固く決心しました。

「せっかく、帝釈天様からいただいた大事な玉ですもの。わたしは、どうしても探しに行って参ります。それに、あの玉さえ見つければ、雲を呼ぶことができます。雨を降らせることもできます。それに乗ってきっとあなたのもとへ帰ってきます。どうか心配しないで待っていて下さい。」

いうが早いか、妻の竜は、止める夫の竜の手をふり切って、そのままするすると下界へ下りていきました。妻の竜は、山の木々の間を通り、芦原のしげみをぬけて玉のころがった後を追ってようやく門池の岸辺に立ちました。

「たしかに、このあたりに落ちたと思うけれども……。」

と池の中へ入っていきました。 水中では、水草が静かにゆれて、こいやふながすいすいと通りすぎていきます。 この広い池の中で小さな玉を探し当てることは容易ではありません。水底の土をかき分け、石のすき間をのぞき、はては岸辺の芦原のしげみの中までも探し回りました。しかし、どうしたことか、玉は、どこにも見当たりません
どれほどの年月がたったのでしょう。妻の竜は、とうとうつかれ果てて動くこともできなくなりました。池の中ほどにある大きな石の上にからだを横たえた妻の竜は

(こんなに探しても見つからないのは、大事な玉を落としてしまったわたしの不注意を帝釈天様がこらしめておられるにちがいない。)と考えました。
(わたしは、もうあの天上にもどることができないのでしょうか。天上では、夫の竜はどうしているのでしょう?ふたりで仲良くすごした天上でのあのころ……。)

と次から次へと走馬灯のように思いうかべ、胸が一ぱいになりました。なみだが石の上を伝わって池の中へ流れ落ちました。天上では、夫の竜が、雲の切れ目を見つけては、くる日もくる日も下界をのぞいていました。下界へ下ったきり帰ってこない妻の竜のことが心配でたまりません。門池の近くには、それはそれは大きな松の木が一本、天にそびえ立っていました。
ある日、夫の竜は、この松の木のてっぺんまで下りてきました。池のあたりをなん度もなん度も見回しましたが、妻の竜の姿はどこにも見当たりません。

「どうしたのだろう。玉は見つからないのだろうか。」

一緒に探したいのですが、地上へ下りると妻の竜と同じように天上へもどることができなくなってしまいます。